絵本こそ子育てのメイン
こんな素敵なお話をご紹介します

イキイキした会話から成長に気づく
二人の息子の幼稚園時代を振り返れば、集団生活の中で異年齢の大勢の子どもたちと、あたかも大家族のきょうだいのように深く絡みあいながら育ったことがとてもよい経験になったと思っています。
園での遊びが充実していると家に帰ってきてからの話題が豊かになります。誰と何をして遊んだとか、誰と誰がケンカをしたとか、子どもはイキイキと話してくれます。そんな会話を通して親は子どもの園生活の様子を知ることができ、安心すると同時に我が子の成長を感じとることができたのです。
たとえば最近、友達を思いやる気持ちが育ってきたとか、友達や先生とのおしゃべりの中で新しい会話を覚え、それを親との会話でも使い始めた、といった小さな変化から親はわが子の成長に気づき、喜びを覚えたものでした。
親子のおしゃべりが言葉を発達させる
小学校へ入学する前の子どもは書くことより話すことで言葉を覚えていくのが普通です。ただ、聞いた言葉を使わないとなかなか自分の言葉になっていきません。ですから幼児期に親子でたくさんおしゃべりをするのは言葉の発達のためにとても大事なことなんです。子どもは聞いて使い、親は聞かれて答える、その繰り返しがコミュニケーション能力の向上につながります。
親子は顔を合わせている間、ずっとしゃべり続けているぐらいがちょうどいいのです。僕自身子どもたちと一緒の時には黙っていたことの方が少なかったように感じます。中学生と高校生になった息子たちとは今でもよく話をします。きっと子どもは親と毎日気軽に話をすることで勉強やら何やらのストレスを解消しているのかもしれません。
自然とふれあい五感を育てる
幼児期の子どもには体作りと絵本の体験がとても大切だと思っています。体作りといってもハードなトレーニングではなく、親子でじゃれあったり、おんぶをしたり、相撲をとったりすること。そして土に触れたり、水で遊んだり、土水火風などの自然と触れあって五感を育てることなんです。僕は近くの植物園に行ってはよく子どもとそんな遊びを楽しみました。絵本は百冊以上あったと思います。子どもが1歳になる前ぐらいから小学校に上がるまでずっと読んであげました。寝る前だけではなく絵本が子育てのメインになるような感じで絵本と僕と子どもが関わりあったのです。聞きなれた父親の声で絵本のストーリを聞き、子どもは絵を見てイメージを膨らませます。安らぎのある言葉と絵と音の世界が子どもの感性を豊かにし、いつしか想像力、理解力そして、言葉の能力を高めていくのだと思います。
テレビゲームのような刺激的な遊びが流行する中で絵本読みや読書をすることは、とても地味なことに思われがちです。でも子どもはその絵本を10回、20回、100回と飽きずに読みます。その低刺激の反復の中で何か定着していく力があると思っています。それを僕は没入力”と呼びたい。その力を豊かに蓄えた子が、後々にきっと大きく伸びるていくのだと僕はそう信じています。(全日本私立幼稚園幼児教育研究機構より)
えほんが大好き!

園では物語絵本「こどものとも」を月刊絵本として、毎月子どもたちが持ち帰っています。
毎月、どこの園でも月刊誌を子どもたちに配布しています。その数ある月刊誌の多くは、ページをめくるたびに製作、うた、しつけ、お話・観察、文字の学習といったいろいろなテーマのある総合絵本です。例えば、製作の場合、5月は「こいのぼり」というように色がぬってあり、切り取り線をきり、のりをつけたら出来上がるようになっています。子どもは喜ぶかもしれませんが、創意工夫や創造性を必要としません。お話も断片的で心に残るものが少なく、もう一度繰り返し「読んで」と持ってくるお話は少ないように思われます。下記は、「よい絵本について」本園で園内研修を行った際に文献から引用して、教職員で確認しあったものです。
『総合絵本で育った子どもと、物語絵本で育った子どもを比較してみると、本の内容が子どもの記憶として長続きしないのが総合絵本です。長続きするのが物語り絵本です。そして家庭での本の扱いも総合絵本は消耗品感覚で使い捨てが多く、古紙として廃品回収に出される場合が多く、物語絵本は蔵書としてとっておき、大事に何度も読まれています。現に外国では「こどものとも」の月刊絵本が、日本語を学ぶための教科書として扱われています。このように、総合絵本は子どもの感性に訴える場が少なく、子どもの持つ「喜ぶ」という特性や好奇心を利用しながら、大人にとっては子どもが「できる、できない」という表面的には評価しやすい、使いやすい内容になっています。幼児期の子どもに大切なことは「あ~おもしろかった」「あ~楽しかった」「どうしてだろう?」「不思議だな~」などの直接、間接体験を数多く積むことが大切です。決して知識や躾をすることではありません。目先の見えることを子どもに期待するよりも、子どもの見えない部分を育むことがずっと大切なのです。
レイチェル・カーソンは「驚異の感覚」の中で、「子どもにとっても親にとっても(感じる)ということは(知る)ということよりもずっと大切です。もろもろの事実が将来、知恵や知識を生み出す種子だとすれば、情緒や感覚は種子を育む土壌です。幼児期はこの土壌を作るときです。美しさや未知なる物への感動、思いやり、愛情、哀れみといった感覚がひとたび呼び起こされれば、子どもはその対象となるものについて知識を求めるようになるはずです。消化する能力が備わっていない子どもに知識を鵜呑みにさせるより、むしろ子どもが知りたがる道を切り開いてやることのほうがはるかに大切なことではないでしょうか」と述べています。幼児期に大切なものが何であるか、今一度確認していきたいと感じています。




